DISCOGRAPHY

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9th ALBUMPROMISED LAND~約束の地

SRCL-4603 (REMASTERING:1999/09/08)
1982/11/21 released


  • 01OCEAN BEAUTY
  • 02マイホームタウン
  • 03パーキング・メーターに気をつけろ!
  • 04ロマンスブルー
  • 05恋に落ちたら
  • 06愛しい人へ
  • 07DJお願い!
  • 08バックシート・ラブ
  • 09さよならスウィート・ホーム
  • 10凱旋門
  • 11僕と彼女と週末に
    CD EXTRA VTR収録曲:「マイホームタウン」「凱旋門」

地球を俯瞰するような壮大なスケール感のインストゥルメンタルから始まり、“希望ヶ丘ニュータウン”という街で起こる男女の出来事を描きつつ、社会全体の問題にも視線を向ける、コンセプチュアルで重層的なアルバム。そんな中「片隅にひっそり存在する」佳曲、「ややこしくない」ラブソングも愛らしく優しく存在感を主張している。

 1982年の9月から始まる“ON THE ROAD ’82”の秋のツアーのために、まず「僕と彼女と週末に」を作ったんじゃないかな。その前のオリジナルアルバムのタイトル曲「愛の世代の前に」が非常にストレートだったのでラブソングに置き換えたんだけど、背景には同じように危機感や虚無感がある。
 そして、「僕と彼女と週末に」の主人公はどういう青年かと考えて「マイホームタウン」を作り、“希望ヶ丘ニュータウン”という街に住む男の子や女の子の物語、それは日本のどこの街にもあるような物語なんだけど、それらを散りばめていった。
 たとえば「マイホームタウン」に登場する女の子は、真夜中にディスコからひとりで帰るときに暴漢に襲われる。そのストーリーと、次の「パーキング・メーターに気をつけろ!」がつながっている。
 1曲目のインストゥルメンタル「OCEAN BEAUTY」のテーマのメロディーは、すでにライブで演奏していた「僕と彼女と週末に」の間奏としてあった。俺が作ったそのメロディーが最初にあって、このメロディーでオープニングのインストゥルメンタルをストリングスオーケストラでやりたいとアレンジャーの水谷公生氏に渡して、編曲する段階で彼が何小節かメロディーを足して曲を膨らませてくれたので共作となっています。
 アルバムでは、ラスト曲である「僕と彼女と週末に」の間奏に同じメロディーが演奏されていて、アルバムのオープニングとつながっている。そんな構成になっています。
 次の「ロマンスブルー」「恋に落ちたら」は、よく言っている「アルバムの片隅にひっそりと存在する、でも好きな曲」。「ロマンスブルー」はコード進行が面白い。それまではロック的なシンプルなコード進行が多かったけど、この頃から分数コードを使ったり、少しずつそういうものを取り入れていきました。
 「恋に落ちたら」のピアノとシンセが追いかけ合うアレンジは、水谷さんがやってくれた俺の曲のアレンジの中でいちばん好きかも。
 「愛しい人へ」は、これもMCなどで言っているけど、俺の曲にしては珍しい「ややこしくない」ラブソング(笑)。意識して書いたのではなく、自然に出来た。メロディーが持っている世界観に合う歌詞を書いたらこうなった。
 「DJお願い!」は子どもの頃から大好きだったドゥワップ。「バックシート・ラブ」のようなシャッフル系のロックンロールやR&Bは、自分ではパーティーソングと思っていて、こういう曲がライブでやっていて観客と一緒に楽しめるんです。
 The 80’s Part-1は“旅するソングライター”の旅の中で、ロックンロール少年が青年へと成長していく物語を描いている。「バックシート・ラブ」などハイスクールに通う男の子の歌もいくつかあるけど、もしそうした歌を書いたのが十代ど真ん中の時だとしたら、今も歌い続けているのは難しいかもしれない。
 でも、どの曲も二十代後半のソングライターが十代の少年を歌った曲で、映画でいうならコッポラの『アウトサイダー』や『ランブルフィッシュ』のように、大人が描いた少年の物語、俯瞰した視点なんだよね。だから今でも歌えるんだと思う。
 「さよならスウィート・ホーム」は、80年代の俺の曲の中にずっとあるテーマを歌っているよね。若いときに情熱的に恋をして結婚するカップルがたくさんいる。でも、自分も相手もまだ人間として形成されていない。つまり子ども同士が結婚したようなもので、そうすると一緒に暮らすうちに双方が成長していって、やがてうまくいかなくなる。
 その時期を耐えてずっと共にいれば豊かな夫婦生活が出来るようになるかもしれないけど、そこに辿り着く前に破綻してしまうことがたくさんある。そんなことを描いています。
 ただ、しばらくの間は物語を描き切れていないように感じていた。でも、あらためて歌ってみて「この言葉の中で十分語られている」と思うようになりました。“若すぎたのか 愛を探し出す前に 孤独な心 見つけた二人”、そこですべてを語っている、と。
 デパートで働いていたり、工場で働いていたり、そうしたディテールは些細なことで、ただ若すぎたためにうまくいかなかった。今となってみると、言葉が足りない部分にいいところがあると思えるようになりました。 “Journey of a Songwriter”というコンセプトのコンサートをやってみたいと思ったのは、そうやって自分の歌を再発見出来るかもと思ったからなんだよね。
 同じように再発見した曲のひとつが「凱旋門」。全部描き切っていない、歌い切っていない、でも、その中に感じるものが積み重なってきた……というような意味で、いま歌ってもつらくない。歌っていてつらくないというのは重要です(笑)。
 「僕と彼女と週末に」は、作った80年代初頭という時代の背景をある程度知ってもらわないと、最近のリスナーにはわかりにくいかもしれない。
 高度成長期時代を経た日本は公害のひどい時代で、経済的に急成長している代わりに産業廃棄物の問題があったり、大気や海や川が汚染されている、そういう時代であったことがひとつ。
 もうひとつは、核の問題。50年代、60年代は、核は未来のエネルギーということでかなり肯定的に描かれていた。しかし、スリーマイル島の原子力発電所の事故が1979年にあるなどして、人間がコントロール出来ないものなんだと解りはじめた。
 同時に米ソの冷戦時代で、ソ連が核弾頭を搭載した中距離ミサイルを配備した。それに対して西側の同盟であるNATOもミサイルを配備すると決定して、真っ向から対立することになる。そういった状況の中で、ヨーロッパで反核運動が盛り上がっていった。そうしたことにすごく影響されている歌です。
 スピルバーグ監督の初期の作品の『ジョーズ』という映画を覚えてる? 最初に女の子がサメに襲われるんだけど、その町の市長は観光客による収入がなくなるというのでひた隠しに隠す。でも、一部の人は「サメじゃないか?」と言っている。そして、ある日突然何人もの人が犠牲になって初めてビーチが閉鎖される。
 利権などの都合によって情報が隠蔽されて、そのために被害が大きくなって、発表せざるを得なくなったときにはもう手遅れになっているという、そんな人間の愚かさを象徴するような映画で、色んな局面で共通する現実がある。

(インタビュー構成/古矢徹)

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