DISCOGRAPHY
18th ALBUMその永遠の一秒に~The moment of the moment~
SECL-3019
1993/09/06 released
- 01境界線上のアリア
- 02傷だらけの欲望
- 03最後のキス
- 04悲しみ深すぎて
- 05ベイ・ブリッジ・セレナーデ
- 06こんな気持のまま
- 07星の指輪
- 08裸の王達
- 09初秋
冒頭2曲、浜田省吾史上最高に突き抜けた、いや、ぶっ飛んだオープニングのアルバムと言えるのでは。懐かしいR&B、非常に珍しいハッピーなラブソング。ジャケットの危うい緊張感を孕む静けさとは対照的とも思える楽曲も多く含まれている。
40歳になって迎えた1993年の年明けには、こんなことを言っていた。
「自分が今、何を感じているかということが大切なんだと思うんです。それがちょっとまだ焦点が合わない。ベルリンの壁が崩れて、同じようなときに天安門事件が起きて、ソ連邦が解体してロシアになって。その後湾岸戦争があって、今、ユーゴスラビアが分裂して」
「そうしたことがどういう方向に進んでいるのかが、まだ少し見えない」
「ただ、(時代のムードなどを)そのまま歌にするとは思わないけど、内心こういう書き方をしようかなというのはある」
何度か言っているけど、40代を迎える前、社会状況だけではなく、個人的な面でもけっこう大変だった時期で、偶然だけど内面的にはまさにアルバムジャケットの写真のようだった。
ボーダーラインに立っていて、ギリギリな感じ。
そして、このアルバムを作ることによって、その危ないところを通り抜けたというのが印象として強い。
年明けのインタビューでは「詞がいつ書けるかなあ」とも言っていたんだけど、しばらくしてどっと詞を書くことが出来た。まあ、これはいつものことなんだけど。
そこから、ベースを高橋に、ギターとキーボードを町支にやってもらって、俺もアコースティックギターを弾いたりしつつ、ドラムマシンも使ってデモテープを録りました。
本番はアレンジャーに梁くん、サウンドプロデューサーに星さんを迎えてレコーディング。と言いつつ、星さんにもすごくアレンジに関わってもらいました。
『誰がために鐘は鳴る』がダウントゥアースなバンドサウンドだったので、今回は徹底して打ち込みで音を作ろう— そんな話をしながら、かなり実験的なこともやりました。当時はまだ打ち込みのサウンドもこれから進化する段階で、機材もものすごく大掛かりだったりして。
冒頭の「境界線上のアリア」。梁くんには「アミューズメントパークのようなサウンドを作ろうよ」と伝えました。
最初から最後までダレることなく一気に楽しんで、最後に感情が湧き上がるような。歌詞は十分にヘヴィーだから、「アミューズメントパークのような」と言っても、ただ軽くて楽しいだけのものにはならないという自負があるからと。
アルバム全体としては、歌と音楽が対等であるものを作りたいと思っていました。ポップミュージックの場合、だいたいが歌のためのサウンドになっているけど、そうじゃないものを作りたいと。
たとえば間奏が長くてもいいし、いろいろな仕掛けがあってもいい。結果として面白いサウンドになっているよね。
「こんな気持のまま」の原曲は、70年代のステージで「帰れない帰さない」というタイトルで歌っていた曲。オールディーズのR&Bを打ち込みでダンスミュージックにするという手法をやってみたくて、それに合う曲がないかなあと探していたときに「この曲ならすごく合うだろう」と思いつきました。
レコーディングのときには「OLD 70’S SONG」と呼んでいて、たまたまスタジオに遊びに来たカズとりさちゃんに、「ハッピー・ウエディング」という替え歌にして、その場でトラックダウンしてプレゼントした……というエピソードもあるんだけど……おぼろげながらそんな記憶がある(笑)。
ふたりはその夏に結婚して、カズはJリーグ発足のその年、MVPを受賞したんだよね。
レコーディングでは、長田くんとの出会いがとても印象的だった。プリプロダクションをやった新宿の小さなスタジオのブースの中にふたりで入って、「傷だらけの欲望」をやった。俺はガイドボーカルの録音で。
そのときが彼との初めてのセッションで、「すごいロックなギターだなあ」って。話は全然しなかったけど、今思えば彼もシャイな性格じゃない? 自分で言うのも変だけど、俺も同じで(笑)。
でも、とてもいいバイブレーションを感じたんです。
その後、『MY FIRST LOVE』で再会して、「何か一緒にやれたら楽しいよね」って。そんな感じでツアーを一緒に回るようになった。
『EDGE OF THE KNIFE』では会うことが出来なかったエンジニアのトム(Tom Lord-Alge)に初めて会ったのも印象深いね。「俺たち、お世辞は言わないけどよー、ものすごい曲がいい」って(笑)。
音もいいし、持ってきてくれた段階でチャンネルもすごく整理されているし、やっていてすごい楽しいって言ってくれた。日本語で歌っていることについても、「確かに言葉はわからないけど、ものすごく個性がある」と。
トムはその後、エンジニアのスーパースターになる。その直前で、とてもいい出会いでした。
アルバムタイトルについては、最初に“THE MOMENT OF THE MOMENT”という英語のタイトルが浮かんで。“瞬間の中の瞬間”。それを日本語でどう表そうかと考えて、“その永遠の一秒に”という言葉が出てきた。
「傷だらけの欲望」の歌詞に“一瞬の”“永遠の”などの言葉があったから、それに引っ張られてその言葉が出てきたのか、そのあたりの記憶は定かではないんだけど。
「自分で自分を見たとき、狂気とまでは言わないけど、おかしな変わった部分をすごくたくさん持っていることをよく知っている。どこかで『まともじゃないな、俺は』と。まともじゃないからこそ歌を作ったり、大勢の人前で歌うわけじゃない?それはそれで、そのままでいいんじゃないかなあと最近は思うんです」
アルバムを作った当時、インタビューでそんなことも語っていたみたいだね(笑)。
今思うと……当時はそんなふうに意識していなかったけど、「きれいな歌」を作ろうとしていたような気がします。漢字ではなく、ひらがなの“きれい”。美しいという意味ではなくて、気持ちがきれいな、嘘のない……いや、作り物なんだけど、汚れていない歌。
全体的にそういうイメージなのかなと思う。気持ちとしてキツい時期だったので、それが反作用として作品になって出たのかもしれない。
(インタビュー構成/古矢徹)